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1.28.2016

Flesh without Blood


Grimes好きなひとってだいたいOblivionがいちばんすきって言うよね。わたしもそう。でも新曲はもっとすきだよ。年々ポップになっていく彼女だけれど、いわゆるメインストリームのポピュラー音楽シーンとはわずかに一線を置いてほしいと願ってやまないインディー脳です。

1.23.2016

追悼 Pierre Boulez



5日のピエール・ブーレーズ訃報の知らせを受けてからというものの、彼とクリーヴランド管弦楽団の録音作品を貪るように聴いている。
デヴィッド・ボウイやEaglesのグレン・フライの逝去を半ば冷静に受け入れることができたのはブーレーズの追懐に余念がなかったからで、そもそもわたしが学部でフランス音楽、しかも19世紀以降の近現代音楽を専攻するきっかけになったのは彼の存在にほかならないのである。

IRCAMをきっかけに彼を知り、初めて聴いた作品はノタシオンという典型的な入り口であったが、彼を知りながら近代音楽史の系譜を辿り、20世紀のフランス音楽を知ることになる。そんな経験があるからこそ、ブーレーズの歩みがそのまま音楽史の一部になっているということにも、なんとなくうなずけるのだ。
極小セリー形式からの出発、物議を醸した「シェーンベルクは死んだ」評論、総音列技法など、現代音楽家として無視できない経歴を持つが、忘れてならないのはジョン・ケージが生み出した「偶然性の音楽」に対する反発である、とおもう。ブーレーズはケージと交流をもっており、ケージは幾度と彼にアメリカ訪問を促したこともあったが、これをきっかけにふたりの間に亀裂が走る。ブーレーズは、「管理された偶然性」を導入した。

「僕は偶然性は厳密にコントロールされなくてはならないと思う。一般的な表や、あるいは一連の表によって。書かれたものであろうとなかろうと、偶然性のオートマティズム(自動化)という現象を方向づけることは可能だ…。僕は『自動書記(オートマティック・ライティング)』と呼ばれるものにはちょっと懸念を持っている。というのは、それはたいていコントロールの欠如のことだからだ…」

クラシックって何から聴けばいいのという人に、迷いなくこのディスクを勧めることができる、そんな時代になってほしい。

ストラヴィンスキー:春の祭典/ペトルーシュカ
ブーレーズ(ピエール)
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6がつく年は新しいシーンが始まる年とのことで、年明けから相次いで偉大な音楽家の訃報が相次いでいたり、人気グループの終焉が見え隠れしていたりして、心のなかではひそかにエキサイトしている。どんなに体調がすぐれなくても心身ともにつかれていても、もう音楽だけはもりもり聴いている、そんな状況でありたいともおもう。ひとまず2015年に見逃した映画と手つかずの新譜を片付けたので、心あらたに、2016年のシーンを始めたい。





1.09.2016

The Perfect style of girly


LONDON GIRLY』眺めてたら、Koyabu Naoさんが「ガーリーとは自分を持った女の子のこと」という、素敵なガーリー論を紹介していました。
ただ可愛いだけじゃ、それはガーリーじゃないって思います。ガーリーと呼ばれる代表格であるソフィア・コッポラやHIROMIXだって、自分のオリジナルを突き通しているように、アリスがたった一人で不思議の国へ冒険に出かけてしまったように、誰かの意見じゃなく、自分の意志を持った芯の強い女の子がいちばん素敵です。ガーリーには「闘わない」ことも必要だって思います。ファイティングポーズをとる男の子を横目に、するりと脇道を抜けてしまえるのも女の子の特権だし、その姿こそがガーリーなんじゃないかな?



冬がとっても苦手なので、暖かくなったここ最近はすっかり春の気分です。
ヴィンテージのワンピースたくさん欲しいなあ。
The Honey Trees聴きながらおでかけしたいです。

1.06.2016

Bonne année 2016



あけましておめでとうございます。
振り返ると、2015年はとにかく体調を崩してばかりだったなあと反省しています。そして、音楽もカルチャーも受動的にしか触れることができなかったので、今年はもっと能動的にいろいろなことに関わっていきたいです。
それから、地元でも何か素敵なイベントしたいなって思っています。穏やかにマイペースに、でもアグレッシブに楽しいこといっぱいしていきたいと思います。

わたしの新年は、今年もウィーン・フィルのニューイヤーコンサート、ヤンソンスが指揮するシュトルツの《国連行進曲》から始まりました。花々で彩られた豪華絢爛な舞台と、宮廷での美しいバレエ、乙女の年中行事のひとつです。わたし、プリンセス気分に浸りたいならヨハン・シュトラウスをはじめとするオーストリアの音楽がいちばんに決まってるって思ってます。だって、あのマリー・アントワネットを生んだ国だもの。



今年もよろしくお願いいたします。

12.09.2015

Is the Is Are



DIIVの新曲の評価全然よくないけど、わたしは普通に好きだな〜と思いました
Oshinの倦怠感が心地よすぎたのかな?
それでも先行公開されているなかの一曲「Dopamin」はOshinのときにも感じた焦燥感とかダラダラとした格好良さが残っていた気もします



はやくアルバム全曲聴きたいな〜。Sky Ferreiraとのコラボも楽しみです!






11.24.2015

Delusions






連休中ずっとSelebrities聴いてたらやっぱりdream popがいちばんすきだなって思いました
もう4年も前に出たアルバムだけれど、ふわふわしていて甘酸っぱい、素敵なトラックがいっぱいです。お外で聴くのはもったいないから、ベッドルーム限定の音楽にしようと思います

CASCINEのアーティストたちはどれもとっても素敵で、わたしはYumi ZoumaやChad Valleyがお気に入りです






11.08.2015

HIROMIX × The Cribs × Tokyo




個人的に大ファンであるHIROMIXがThe CribsのMVを手伝ったと聞いて。





00'sネオトウキョーっぽくもありチープバブルな面影もありな。

HIROMIX本人も以前Twitterでつぶやいていたのだけど、90年代ファッションって難しい。90'sリバイバルとかもあって、バブルからタイムスリップしてきた人がひとりくらいまじっていても違和感ない時代だけど、意図的に90年代っぽくしようと思ってもなかなかできない。80年代もしかり、昔のファッションを再現したいならうまいことダサくしなくちゃいけないんだろうけど、現代の(おしゃれな)人がやろうとするとどうしても垢抜けてしまうんだろうな。ファッションは時代の呼吸とともに変わってしまうから、本当の意味では「残すことのできない文化」なのかもしれない。

映像関係ないけど、聴くたびにいつも思うのが、クリブスって本当にブレないバンドだよなってこと。保守的と言ってしまえばそれまでだけど、いつの音源を聴いてもちゃんとクリブスだ〜ってわかる安心感。こういうバンドは貴重だとつくづくおもう。



10.30.2015

Every Open Eye





相変わらずかわいいローレンちゃん

Chvrchesの新譜、買ったっきり聴けてないな〜






9月に発売された「Every Open Eye」のテーマとなっているのは「シンプルこそ最大の豊かさ」。今日ちょうどジュリアン・オピーについての記事を読んで、「シンプルだけど美しい、シンプルだけど楽しいといったものの中にあるミニマルな魅力」というものに惹かれていたところだったからはっとした。

寒くなってきたから、グラスゴーの少し冷たくて乾燥した音が心地よい。



8.05.2015

Our Break Up Song





たぶん高校2年生のときいちばんよく聴いてた曲(なんでこんな不吉な曲ずっと聴いてたんだろう)

"It's over,we're over. So long you're gone,This is our break up song." 今日はなんとなくこの曲がしっくりくる1日だったのだ


このアルバムに入ってるSome Girlという曲も好き。とてもひねくれた主人公の曲で、「他の女の子はそうでも、わたしは違うの / 私の愛は誰でも受けられるものじゃない」なんて歌っている
結局、強気な女の子が好きなだけかもしれない



2.02.2015

リゲティとミクロ・ポリフォニー - Lontano:Ligeti György(1923-2006)




IRCAM.fr


初めて聴いたリゲティの音楽は《アトモスフェール》だった。彼の音楽は、例えるならドビュッシーのような移り行く景色の一瞬を捉えた色彩感と、構造的な形式の中に非均斉な複雑さを持ち、より緻密に計算された音楽、と言えばよいだろうか。 atmosphèreとはフランス語で大気、大気圏を意味する。
ミクロ・ポリフォニーを使用した、それぞれの声部が繊細に絡まり合い非調性な音響となって聴こえるこの楽曲は、そのタイトル通り宇宙の中で空気に包まれた地球が浮かびあがっている様子が目に浮かぶ。そうした効果もあってか、1968年に公開された映画「2001年宇宙の旅」の中でも、*挿入音楽として使用された。





ミクロ・ポリフォニーとは、十二音技法やトータル・セリーを通過した上でリゲティが作り上げた独自の技法である。トーン・クラスターを構成するそれぞれの音を複雑に動かすことによって、単調なクラスターにゴチャゴチャとした変化を与え、新たな響きを生み出すというものだ。
この技法を使うことによって、空気の振動で音が生まれるように、音を空気にのせて宇宙空間での大気の震えや微妙な変化を表しているのではないだろうか。



さて、1月29日の新日本フィルハーモニーで演奏されたリゲティの楽曲は《ロンタール》であった。 リゲティは《アトモスフェール》によって、一躍前衛音楽家としての地位を確立し、実験的な音楽を発表していくが、のちに伝統的な形式を継承していく方向にむかう。 その途中で、しだいにミクロ・ポリフォニーやトーン・クラスターへの興味も失い、前衛音楽の停滞期間に入る。
そんな中で生まれた《ロンタール》は、《アトモスフェール》のようなトーン・クラスターによる衝撃音が続く音楽とは異なり、柔らかく優しい響きを広げている。冒頭のクラリネットから静かに広く伸びていく旋律の絡み合いは、まるでロンタール(=棕櫚椰子)の葉が空に伸びていく姿を描いているかのようである。





指揮は井上道義氏。かつては新日本フィルの音楽監督も務めた彼は、武光徹・吉松隆・クセナキスにリゲティといった、現代音楽ファンなら誰もが唸る作曲家を並べたプログラムをひっさげて、指揮棒を振った。


リゲティは、第二次世界大戦中に強制収容所で命を落としたユダヤ系の両親を持つ。また、*祖国であるハンガリーは当時共産圏統治下でクラシック音楽の弾圧が行われていたということもあり、リゲティの音楽が自国で演奏されることは今もなお少ない。 そんな背景の中で、彼の音楽をコンサートで聴けることは、音楽を当たり前に聴ける環境である喜びを体感することとあまり違いはないのかもしれないと思うのである。



ジェルジ・リゲティ論―音楽における現象学的空間とモダニズムの未来
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ウィーン・モデルン I,II,III
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*使用されたリゲティの楽曲は《アトモスフェール》のほか《レクイエム》《ヴォルミーナ》《アヴァンテュール》の計4曲。しかし、リゲティには楽曲使用の説明を一切行わず、彼に印税が支払われるようになったのは映画公開から22年後の1990年になってからであった。
*リゲティ自身は1956年12月にウィーンへ亡命しており、オーストリア市民権を獲得している。






12.04.2014

Lettre de la musique

音楽への礼状 (小学館文庫)
黒田 恭一
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黒田恭一氏の書く文章が好きです。 

彼はいくつかの著作を出しました。「はじめてのクラシック」、「オペラへの招待」など、どれも素敵なものばかりですが、私は「音楽への礼状」という著書がとりわけ好きです。 読んでいると、いつの間にか涙が溢れてしまうことも、しばしばあります。 (とくに、私は、レナード・バーンスタイン、カルロ・マリア・ジュリーニ、ヘルベルト・フォン・カラヤンへ宛てた彼の文章を読むたびに、いつも涙してしまいます。) 


「彼は自分があまり惹かれなかった音楽については書きませんでした。というのも、それは音楽のせいではなく、もっとよくききこめば、いいところがわかるはずだけど、それがききとれなかった自分には書く資格がない―それが彼の批評の姿勢でした。音楽が好きで好きでたまらなく、また心から音楽を尊んでいたのです。」(黒田志肇子「あとがき」にかえてより)


 彼は、非常に温厚な、批評・評論家です。 このひとは音楽を、ほんとうに愛してやまないひとなのだ、そうでなければどのようにして、こんなにも優しいメッセージを書けるのだろうか。 


わたしも、彼みたいに、音楽を愛せたら。



 J'aime texte de la rédaction de Monsieur Kyoichi Kuroda. Il a écrit plusieurs livres. Il y a principalement"Musique de classique pour la première fois(「HAJIMETE NO CLASSIC」)","Invitation à l'Opéra(「OPERA ENO SYOUTAI」)".Tous cette livres sont merveilleux,J'aime le plus livres sont "Lettre de la musique(ONGAKU ENO REIJOU)". Je suis souvent prête à pleurer sans que Je m'en rende compte. (Surtout,Je verse toujours des larmes quand je lires les lettre pour Leonard Bernstein,Carlo Maria Giulini,Herbert von Karajan.) Il n'a pas ecrite sur le Il n'été pas attié musique,parce que "cette musique ne sont mauvais,je devoire comprendres mérite de la musique écritmais je ne détcles pas,donc je ne suis pas compétent pour traiter de la cette musique―il été son attitude envers critique.Il aimes fou de musique et Il a un profond respect pour lui.(Citation de postface de Shigeko Kuroda) Il est trés doux critique. Il est fou de musique,si il n'est pas comment est-il écrit doux message? Je voudrai aime le musique comme il.