2.02.2015

リゲティとミクロ・ポリフォニー - Lontano:Ligeti György(1923-2006)




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初めて聴いたリゲティの音楽は《アトモスフェール》だった。彼の音楽は、例えるならドビュッシーのような移り行く景色の一瞬を捉えた色彩感と、構造的な形式の中に非均斉な複雑さを持ち、より緻密に計算された音楽、と言えばよいだろうか。 atmosphèreとはフランス語で大気、大気圏を意味する。
ミクロ・ポリフォニーを使用した、それぞれの声部が繊細に絡まり合い非調性な音響となって聴こえるこの楽曲は、そのタイトル通り宇宙の中で空気に包まれた地球が浮かびあがっている様子が目に浮かぶ。そうした効果もあってか、1968年に公開された映画「2001年宇宙の旅」の中でも、*挿入音楽として使用された。





ミクロ・ポリフォニーとは、十二音技法やトータル・セリーを通過した上でリゲティが作り上げた独自の技法である。トーン・クラスターを構成するそれぞれの音を複雑に動かすことによって、単調なクラスターにゴチャゴチャとした変化を与え、新たな響きを生み出すというものだ。
この技法を使うことによって、空気の振動で音が生まれるように、音を空気にのせて宇宙空間での大気の震えや微妙な変化を表しているのではないだろうか。



さて、1月29日の新日本フィルハーモニーで演奏されたリゲティの楽曲は《ロンタール》であった。 リゲティは《アトモスフェール》によって、一躍前衛音楽家としての地位を確立し、実験的な音楽を発表していくが、のちに伝統的な形式を継承していく方向にむかう。 その途中で、しだいにミクロ・ポリフォニーやトーン・クラスターへの興味も失い、前衛音楽の停滞期間に入る。
そんな中で生まれた《ロンタール》は、《アトモスフェール》のようなトーン・クラスターによる衝撃音が続く音楽とは異なり、柔らかく優しい響きを広げている。冒頭のクラリネットから静かに広く伸びていく旋律の絡み合いは、まるでロンタール(=棕櫚椰子)の葉が空に伸びていく姿を描いているかのようである。





指揮は井上道義氏。かつては新日本フィルの音楽監督も務めた彼は、武光徹・吉松隆・クセナキスにリゲティといった、現代音楽ファンなら誰もが唸る作曲家を並べたプログラムをひっさげて、指揮棒を振った。


リゲティは、第二次世界大戦中に強制収容所で命を落としたユダヤ系の両親を持つ。また、*祖国であるハンガリーは当時共産圏統治下でクラシック音楽の弾圧が行われていたということもあり、リゲティの音楽が自国で演奏されることは今もなお少ない。 そんな背景の中で、彼の音楽をコンサートで聴けることは、音楽を当たり前に聴ける環境である喜びを体感することとあまり違いはないのかもしれないと思うのである。



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*使用されたリゲティの楽曲は《アトモスフェール》のほか《レクイエム》《ヴォルミーナ》《アヴァンテュール》の計4曲。しかし、リゲティには楽曲使用の説明を一切行わず、彼に印税が支払われるようになったのは映画公開から22年後の1990年になってからであった。
*リゲティ自身は1956年12月にウィーンへ亡命しており、オーストリア市民権を獲得している。